イヌイ日記

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マラリア メイドインアフリカ
ガーナの首都にいます。英語圏です。



アフリカに入ってから、自分は今マラリアにかかっているという現地人に何人も会った。そう言ってくる彼らは、確かに普段よりしゃべらず、元気がないように見えた。でも、逆にいえばその程度で、歩くのもしゃべるのも普通にしているし、結構重い荷物だって運んでいる。ホンマにマラリアなん?と突っ込みたくなる普通さだ。

カメルーンの宿のママが、昨日からマラリアだと言ってきた。いつもよりちょっと声が小さい。

「昨日からマラリアになって・・・」

「そりゃ大変やね、大丈夫?」

「だから、1000フランくれない?」

アフリカ人の金くれっていうのは、英語でいうハワユーみたいなもんで、ノーといえばそれですむのだが、このときは一応聞いてみた。

「そのお金で薬買うの?」

「ビール飲むのよ。そしたらすぐ元気になるわ」

としょんぼりした顔で言うのである。本人は大まじめである。僕は本来4人部屋のドミトリーをほぼ日本人2人で使わせてもらっているお礼に1000フラン(200円弱)渡した。

翌日、ママはもう普段どおりだった。ビールを飲んだらすぐ治った、といって大きな声で笑っていた。
現地人自己申告のマラリアは、医学的にマラリアなのか疑わしいのである。





さて、今の僕がそんな感じなのである。


木曜日の夜、ガーナの首都アクラに着いたときには調子が悪かった。
一日寝てもカゼの症状が治らないときはそれはマラリアである、という自分なりの基準があって、それによると僕は今マラリアなのであるが、前回よりも断然楽ちんで、少しふらふらするが歩けるし、熱はあるがせいぜい38度くらいだ。間違っても夜中に、

・・・ああ。・・・ああ。という声を出して、周りの人間にこいつは死ぬんじゃないかと思われたり、

胃の中のものを廊下中に撒き散らしながら便所に走ったり、

ということはないのである。
一度マラリアを経験すると免疫ができて症状が軽くなるのかなと思った。ひょっとしたらただのカゼかもしれないなとも思った。とにかくどっかで調べてもらおう。


それで、昨日の夕方病院に行ってみた。
マラリアかどうかをまずテストしてほしいと言うと、今日はラボラトリーはもう閉まったから、明日の朝来なさい、ただマラリアの薬は今出しておくから今日寝るまでに飲みなさい、といわれた。アラキシンとか咳止めの薬とか4種類の薬をたっぷりくれた。48000シディ=480円だ。

それで今朝、もう一度病院に行った。あまり混んでもいなかったが、採血されるまでに1時間弱待たされ、さらに1時間半待てというので、その間散歩してご飯を食べて(コンゴでマラリアにかかったときは、こんなことをする余裕は全くなかった)、戻ってみるともう一回血を採るという。さっき血は取っただろ?といったら、今度はタイフォイドの検査だ、と言って結局親指に針を刺してほんの少しの血をスポイトで吸い取った。タイフォイドって破傷風だよな、おれ最近そんな怪我なんてしてないぞ、怪我といったら半年前ザンビアで泥棒追いかけてる間に犬にかまれたくらいのもんだ。なんでそんな検査をするんだ?・・・
そして10分後に、僕は結果を書いた紙をもらい、これをもってドクターのところに行けと言われた。

ドクターのところに行った。昨日と同じおばさんだったが、かなり機嫌が悪い。それはいいが、僕の検査結果の説明を全くしない。

ドクター「気分はどう?」

いぬい「昨日より楽です」

ドクター「じゃ、薬だしとくから」

じゃ次の人、みたいな感じになった。

いぬい「あれ、僕の病気は何だったんですか?マラリア?ラボラトリーの人はタイフォイド(破傷風)の検査をしたって言ってたけど、僕は予防接種受けてるから、出るはずないと思うんだけど」

ドクター「予防接種受けたの。だからタイフォイドの反応が少しですんでいるのね」

いぬい「反応が少しって、反応が出るわけないんだけどな。で、僕はマラリアにかかってるんですか」

ドクター「昨日の薬飲んで楽になったんでしょ、だからあなたはマラリアよ!!」


で、追い払われてしまった。
しかし僕は、昨日薬を飲んでいないのである。僕は薬が嫌いで、これくらいの症状(38度の熱と少しの頭痛)だと飲まないのだ。

結局僕をトータル3時間近く待たせた検査からは何もわからなかった。
おれの10ccの血を返してくれ。


病院のカルテには、僕はマラリア患者とされているのかもしれない。
アフリカのマラリアには、こんなものも含まれている。






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病院ではタイフォイド=破傷風と思い込んでいたので、そっちに関してはノーマークだったのだが、一応ネットで確かめてみた。ぜんぜん違った。タイフォイド=腸チフスだった。

初期症状は軽いが、その2・3日後に一気に40度代の熱が出て2週間続くんだと・・・。



調子悪くなってきた。


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知らないうちの習慣
明けましておめでとうございます。
ヤウンデで何することもなく過ごしています。

クリスマス前は、「もうすぐクリスマスやし移動すんの面倒くさいなあ」。正月前は、「もうすぐ正月やし・・」とか言ってたら年が明けました。(2004年と同じパターン)こっちの人は12月31日に新年のパーティーをやるらしくて、それを知らなかった僕はせっかく招かれていたパーティに出そびれました。


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2005年は9ヶ月をアフリカで過ごしました。これだけ長くいると、知らないうちに変な習慣がついています。
そういうのを、いくつか書き出してみます。


・鼻歌を大きな声で歌う
 
 鼻歌自体は日本のときからだけど、変わったのはその音量で、日本だとせいぜい地下鉄が駅に入ってくる瞬間か自転車で調子乗ってるときくらいにしか出せない音量を、歩いてる最中に出してる。最近は手拍子が入るときもある。大声を張り上げて歌っているやつも(時々)いるし、別に誰も気にしてない。と思う。気がつけばネットカフェでも歌っている。


・服が汚い。破れてる

 風呂はもともとあまり好きじゃないけど、日本では人目が気になるので一応毎日入っていた。服装も気にする方じゃない。そんな人間がアフリカに行くとこうなります。

ヤウンデに着いた日、ポリスにちょっと待てと言われた。
 「おいシヌワ、パスポートを見せなさい」
パスポート見せろ→金よこせ、っていうパターンだと思ってこう答えた。
 「宿においてきたんだけど」
 「お前はここで何の仕事をしてるんだ」
 「いや、ツーリストだよ。それにシヌワじゃなくてジャポネだ」
 「おお、ツーリストか。なんでそんなにズボンが汚いんだ。
  もう行っていいよ。これからはパスポートを持ち歩かないとだめだよ」
服装が汚いから怪しまれてただけだった。

その日、宿に帰ったらママに追い討ちを食らった。
 「なんであなたのズボンはそんなに汚いの?」
 「いや、中央アフリカからの道が悪くて・・」
 「明日、必ず洗濯しなさい!ついでにあなた自身も」
都会に住んでるアフリカ人は結構きれい好きなのである。


・ベッド一つじゃ足りない

今は四つベッドのあるドミトリーにいて、そこには僕ともう一人日本人カナカナ(男)の二人が泊まっている。初めはそのうちの一つのベッドに寝ていたんだけど、今は衣類やら食品類やらが散乱していて寝れる状態じゃなくなった。だから昼寝をするときは隣のベッドに行く。何もないベッドは、寝やすくて気持ちいいんだ。
暗くなると耳元で蚊が飛び回って、寝ていられなくなる。しばらくは我慢して(というより眠気を我慢せずに)寝ているが、とにかくうるさい。要町通りをぶんぶんと走る暴走族なんてかわいいもんだ。日本でこれに対抗できるのは、選挙カーくらいのものだろう。あれだけは音量といい不愉快さといい、こっちの蚊といい勝負をしている。

それで夜寝るときは、床にテントを張る。これはキンシャサで編み出した方法で、暑さ対策にもなる。キンシャサでは暑くてベッドに寝れないので、部屋の中にテントを張って中で裸になってコンクリートの床にピターと張り付いた体勢で寝た。この寝方の難点は、朝方になると寒くなって一回起きないといけないことだが、暑くて寝れないよりはいい。
今は蚊よけとして大活躍している。蚊帳を買えばいいじゃないかと、時々カナカナから言われる。




おれは日本に帰って大丈夫なんやろか
と思うこともあります。





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目次
●ザンビア
  −ザンビアの寺
  −ルサカ到着
  −ザンビア人は働かない(上・下)

●ナミビア(予定)
  −ヒンパ族の村

●アンゴラ(予定)
  −漁村ルシーラ
  −移動6泊7日600km

●コンゴ
  −マラリアの日々  ,△覆燭量燭危険です (新着)
  −コンゴの「政治紛争」
  −ザイール川をいく
  −ザイール川をいく: インフォンドまでの道
  −ザイール川をいく: ホテル王の息子(予定)
  −ザイール川をいく: 出発前日の再会
  −ザイール川をいく: 船上共同生活(予定)

●中央アフリカ
  −バンギの生活
  −バンギをサンポしましょう(上・下)

●カメルーン
  −知らないうちの習慣  

●日記以外
  −リンク 
  −最近会っていない友達へ
  −旅程(ザンビア以降) (予定)
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バンギをサンポしましょう (上)
ベルトロンとは毎日のように散歩に行った。日が暮れてまもなくすると、
 「キョウは、サンポ、ありますか?」
と、彼が聞いてくる。
 「行きましょう」
と、僕が答える。今日の散歩が始まる。


短いときは1時間くらいのものだ。
木と土で作られた家が建っている近所の土の道を5分くらい、ぎりぎり車2台分くらいのアスファルトの道路を15分くらい歩くと片側2車線くらいの大通りに出る。そのT字路の角にあるベンチで少し休憩して帰る。そこは、人の形をしたモニュメントがライトアップされていて、ちょっとした休憩スポットとなっている。地元の人も多い。ベンチは5つ6つ置かれていて、首からカメラを紐でぶらさげた写真屋が、像の前で一枚どうだと声をかけてくる。そこで少し休んで、引き返す。

近辺の親族回りをすることもある。
日本語を少し勉強していただけあって日本人を連れているのがうれしいらしく、近所に住んでいる兄弟姉妹・親戚の家をたずねて僕を紹介する。一般的にここの人たちは夜が早く、7時ごろ行くともう寝ていることもあるが、僕らが起こしてもいやな顔もせず椅子を用意してくれる。ベルトロンは僕のことを紹介して何事かしゃべって、それじゃ、とまた次の親族の家に行く。彼は10人兄弟でそのまた親戚もいるので、回る家には不足しない。そうして何軒かたずねて歩いてから家路につく。もっとも僕は方向音痴で、家に帰るまでそれが家路かどうかはわからない。この辺りは家が建っていないところが道という感じでわかりにくい。

一番長かったのは、この国唯一の国立大学に行こうと僕が言ったときだ。
大学までは4キロといっていたが、そこからさらに何キロか大回りをしてパン工場を見学して帰った。3時間コースである。国立大学のある通りは恐らくバンギで最も大きい道路で、ほかに政府系の機関も多い。高層ビルは皆無で、だから余計に道が広く見える。中国政府が石油戦略の一環として建設しているというスタジアムもこの道沿いにある。片道3車線くらいの道はきちんと舗装されている。ただし車線はない。夜は道の広さに対して交通量がかなり少ない。
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バンギをサンポしましょう (下)
途中知り合いに会うと、握手をして一言二言交わすのが彼らの習慣だ。これはちょっとした知り合いでもそうなので、家の近くの道路では、握手して別れたらまた別の誰かが向こうからやってくるということになり、歩くよりも握手ばかりしている。親しい者同士だと握手した手を離す際に中指をパチンと鳴らす。僕もやってみるがなかなかうまく鳴らない。

主要道路には、日本と同じような街灯が等間隔に並べられている。ただしバンギの街灯は、車両や歩行者のためだけのものではない。
大通りに多いのが、灯りの下でノートや教科書を広げている中学〜高校生くらいに見える若者たちである。道端に座り込んで、熱心にノートを見つめている。このあたりは毎日のように停電があるため、彼らはその心配のない街灯を選んだのだろう。ベルトラン家の近くも例外ではなく、散歩に出るときは辺り一帯が停電していることが多い。
もうひとつ、小さめの通りに多いのが、バッタを捕まえている子供たちである。街灯の光に大量のバッタが飛んでいる。そして落ちてきたバッタに子供が群がっている。子供に混じって大人も何人かいる。多いところでは、一つの街灯の周りに二十人以上も集まって、地面を向いてバッタと一緒に飛びはねている。中には、木の棒とビニール袋で手製の虫取りを作っている子もいるが、あまりうまく取れていないようだ。バッタは足と羽をもいでしまうと、触覚がちょうどヒゲのように見えて、外見は緑色のエビのようだった。あとで油で炒めたものを食べたが、殻があってその中がぷりぷりしていて、まさにエビのようでかなりうまい。子供たちの蛋白源だ。

「ちょっとマッテ」とベルトロンが言うと、それは立ッションの合図である。道の脇にはたいてい草がたくましく生えているので、場所には不自由しない。みんながその辺でしていることなので、通行人がいても別にどちらも気にしない。チャックを開けて草むらを見下ろしてみると、蛍が飛んでいる。

散歩の最後は、近所のジュース屋だ。彼の友達がやっているジュース屋に行くと、一杯150Fのバナナシェイクを毎日一杯おごってくれる。そこは、音楽がアフリカ流のこれでもかという大音量で流れていて、通りに面してプラスチックのイスとテーブルが置かれた場所は、シェイクかビールを飲む客でいつもにぎわっている。シェイクを飲むと汗が噴出す。その騒がしい場所で少し休んで、家に戻る。
散歩も終わりだ。







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Cameroun Yaounde
Yesterday I arrived Yaounde.
I spent 3weeks in Central Africa.

kokomadeha tisana matide diamond hotteru Nihonjin no ottyan ni attari, Pygmi no murani tent harasete morattari tanosii doutyu desita.
Pygmi ni tuiteha kuwasiku kakitaito omoimasu.
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バンギの生活 (1)
バンギにいます。今はイミグレで知り合ったベルトロンさんの家に泊まっています。

彼は4人の小さい子供を持ち、隣には兄弟とその家族も住んでおり、彼らみんなが家族として暮らしています。その中で、男性で今仕事を持っているのはベルトロンさんだけで、ほかの何人かのいい大人たちは日中から別にすることもなく、いすに腰掛けて話して笑って一日を過ごしています。当然、毎日の家計は大変そうですが、みんなもたれあいながら優雅に生活しているという感じです。こっちでは一つの皿に乗った食事を、みんなが一緒に手を使って食べます。食事のメニューは毎日ほとんど変わることなく、おかげで今は大便が緑色です。

カメルーンビザが今日取れて、ナイジェリアビザが明日取れそうなので、週末か週明けにカメルーンに向けて出発することになりそうです。

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Bangi Touchaku
7day-waiting in Infond + 6day in ship

=Bangui: capital of Central Africa


Tukimasita.
funatabi ha atuku,tanosiku, mukatuku mainitidesita.
Mata Japonese de kuwasiku kakimasu.
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ザイール川をいく: インフォンド 出発前日の再会
11月11日(金)

インフォンドで船がないまま一週間がたった金曜日の夕方、船が来てるよ、と一人のポリスが自転車に乗ってわざわざ僕のところに来て教えてくれた。
そのとき、僕は24歳のザイール難民エニョックに、フランス語とリンガラ語を習っていた最中だった。どんな船がきたのか、彼と二人で川まで見に行った。

歩いて約15分、川まで行ってみると、確かに昨日まではなかったでっかい船が泊まっている。近くに行ってみて驚いた。大量の人が陸側と船側にごった返して、船と陸を行き来している。とにかく船に入ってみよう。

これは、どこまでが陸でどこまでが船なんだ?

僕が船だと思って踏み入れた場所には、ぎっしりと人が住んでおり、ジュースや揚げパンを売っているひともいれば、洗濯物を乾かしているひともいる。食器を川の水で洗っている人もいれば、水の入ったバケツに小さい子供をザブンと放り込んで体を洗っている太っちょお母さんもいる。子供はワアワア泣いている。
何だここは?わからないが、とにかく前に進む。
しかし、なんかこの船見たことあるような・・・
と、そこに一人の黒人が何か言って握手を求めてきた。そいつの顔を見た。

ア゛オマエは!

こいつは、ブラザビルで僕にメルクルディ(水曜だよ)攻撃を2回食らわせたやつだ。
「何だ、何でここにいるんだ?ブラザビルはいつでたんだ?」
「4日だよ。一週間だよ、ここまで。」
一週間?まあオレが乗ってないときはえらくスイスイ進むじゃないか。
それに、4日?っていうと・・・オレがあきらめた直後に出たの?

以前の日記に書いたように、27日に来週の水曜(2日)って言われたあと、やはりあきらめきれなかった僕は、これが最後だと火曜日(1日)にもう一度聞きに行ったのだ。そこで、無情にも「しあさってだよ」と最後のキャンセルを食らわされ、ヒコーキのチケットを取ったのだった。そして、その「しあさってだよ」だけは本当だったのだ。

・・・喋っていると、知ってる顔がまた来た!かっこつけロンゲ野郎、最後しあさってだよ、と僕に引導を渡したのはこいつだ。ウオーと握手。けっこういいやつで、船の中の寝る場所を心配する僕に、オレの部屋で寝てもいいよ、と言ってくれていた。

「それでこの船はいつ出るんだ。あさってか?メルクルディか?」
「何言ってるんだ。明日だよ明日」
「本当に明日か、何時だ」
「朝の10時だ。絶対に遅れるなよ」

遅れるなよ、じゃねーよ。
まあインフォンド楽しかったしいいか、と笑った。向こうも笑った。
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ザイール川をいく: インフォンドまでの道
さて、インフォンドという町まで飛行機でショートカットすることにしたのだが、ある数字が僕の頭から離れないのである。

53件

なんだかわかりますか?




 






 





   2005年1月〜9月 コンゴ民主共和国の国内線墜落件数
   (キンシャサの日本大使館で聞いた)



・・・ナシやろ。これ。


断っておくが、これは隣国のコンゴ民主(旧ザイール)の話であって、こっちのコンゴの話ではない。旅行会社の人やヨシエさんなどに聞くと、こっちのコンゴの飛行機は安全だということだった。しかし

53回コンゴで飛行機が落ちてる



これを思うと、なかなかチケットが取れないのである。
国は違えど所詮はコンゴやんけという疑念が頭から離れないのである。
チケットを取る前に、念を押すためにこっちのコンゴを管轄している在ガボン日本大使館に数回電話をしたが、なぜか電話が通じないのである。
だいたい僕は子供のころから高いところが苦手なんだ。

そうこうしている間に船はキャンセルを続け、ビザがやばくなってきた。


・・・取ったよ。チケット。
もうええわい。ブラザ−インフォンドはかなりのメイン路線やし今年に入って墜落してないって言ってるし、大丈夫やろう。



そして、当日。
周りを見渡しても、緊張してるのは僕だけっぽかった。
緊張しながら飛行機に乗り込んだとき、目にしたのが
・・・白人の乗務員2人!!!

ほっと一安心。安心したのだから仕方がない。
そして飛行機は無事インフォンドに到着。ありがとう、みんな!

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